kokyuu

 いつくたばってもおかしくない爺です。存在の意味について、日々思いついたことを書き綴ったものです。 このテーマに興味のある方だけ見てください。 (途中から日々雑感等の増量剤でふやけた味になってます)

kokyuuの新着ブログ記事

  • 人間は、自分を救う手立てのない獣ではない

    (口伝鈔 善悪二業の事より引用) …機にうまれつきたる善悪のふたつ、報土往生の得ともならず、失ともならざる条(じょう)、勿論(もちろん)なり。 (引用終)  どんな悪人でも救われる、ということ。 そもそも凡夫の考える善悪など、救いの条件ですらない。まるで関係ないのだ。 他力浄土系の文... 続きをみる

  • 世界の美しさはついに人を救わない

    (以下、青字はブッダのことばの引用です。黒字はおれの意見です) さあ、この世の中を見よ。 王者の車のように美麗である。 愚者はそこに耽溺するが、 心ある人はそれに執著しない。 (ブッダの真理のことば ダンマパダ171 中村 元訳)  釈尊は幼少より帝王学を修め文武両道を極めた才能豊かな王子でした。... 続きをみる

  • 「性急で怠けている」とは誰のこと

    (ブッダのことば スッタニパータ329 中村 元訳より引用します) みごとに説かれたことばは、聞いてそれを了解すれば精となる。 聞きかつ知ったことは、精神の安定を修すると精になる。 人が性急であって怠けているならば、かれには知慧も学識も増大することがない。 (引用終。強調処理は私です) 性急であっ... 続きをみる

  • アートマンに掻い付く社会

    (ブッダのことば スッタニパータ249 中村 元訳) 魚肉・獣肉(を食わないこと)も、断食も、裸体も、剃髪(ていはつ)も、結髪も、塵垢(ちりあか)も、粗い鹿の皮(を着ること)も、火神への献供(けんく)の奉仕も、或いはまた世の中で不死を得るための苦行も、神呪(しんじゅ)も、供犠(くぎ)も、祭祀(さい... 続きをみる

  • 悲惨極まる死を遂げた夫婦の件

    (使徒言行録4:32,5:1~11 新共同訳から引用します) (イエス・キリストを)信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。 … ところが、アナニアという男は、妻のサフィラと相談して土地を売り、妻も承知のうえで、代金を... 続きをみる

  • 本当は過激な法然上人

    法然上人のことば。 (黒谷上人語燈録15 禅勝房伝説の詞より引用します) 一(ひとつ)。現世をすぐべきようは、念仏の申されんようにすぐべし。 念仏のさまたげになりぬべくば、なになりともよろづをいといすてて、これをとどむべし。 いはく、ひじりで申されずば、妻を設けて申すべし。 妻を設けて申されずば、... 続きをみる

  • 修証義 愛語よく廻天の力あることを学すべし

    続けて(修証義 第二章より) 仏祖の往昔(おうしゃく)は吾等(われら)なり、 吾等が当来(とうらい)は仏祖ならん。 (以上) すでに成った聖者と、 これから成る聖者ってことね。 (修証義 第三章より) 西天東土(さいてんとうど)仏祖正伝(ぶっそしょうでん)する所は恭敬(くぎょう)仏法僧なり。 &h... 続きをみる

  • 修証義第一章総序 生を明らめ 死を明きらめる

    (修証義 第一章総序より引用します) 因果の道理歴然として私(わたくし)なし 悪を造りながら悪に非(あら)ずと思い、悪の報(ほう)あるべからずと邪思惟(じゃしゆい)するに依(よ)りて悪の報を感得せざるには非ず。 (以上)  世間では、悪と知らずにした過ちは、悪と知りながらした悪より、罪は軽いはずだ... 続きをみる

  • 宝の山の真っ只中で飢え死ぬ人になるな

    (武者小路実篤著「維摩経」より引用)  佛教の譬え話に、或る旅人が渇えて水をのみたいと思ってやっと水のある處へ出たが、其處は大きな湖水だったので何處から水をのんでいいかわからないので、とうとう水をのまない内に渇え死んだと云うのがあるが、馬鹿馬鹿しい話と思う人があるかもしれないが、僕達は佛教の経文の... 続きをみる

  • 仏遺教経

     NHK こころの時代~宗教・人生~「釈尊の遺言~仏遺教経から」[再]を聴いた。 禅心寺住職金子真介師の法話は実体験に裏打ちされた内容で聴きごたえがあった。苦聖諦をしっかり教えるのが私のまずやるべき仕事、というのは仏教僧なら当然のことだが、現実は人に教えるどころか自分がまず苦聖諦が嫌いで苦聖諦を分... 続きをみる

  • 恥ずべきこと、恥ずべきでないこと

    (親鸞 教行信証から引用します) ただ仏恩の深きことを念(おも)ふて、 人倫(じんりん)の嘲(あざけ)りを恥じず。 (道元 学道用心集から引用します) もし人賞翫(しょうがん)すれば、たとひ非道と知るも乃(すなは)ちこれを修行す、もし恭敬讃嘆(くぎょうさんたん)せざれば、これ正道と知るといえどもす... 続きをみる

  • ぬけがらになって彷徨う人になるな

    わたしはまだ死んではいない。死ぬのなら、はっきり命がなくなるまで死のう。 だが、生きるならもっと快活に、そしてもっと豊かに生きるのだ。 (奥 浩平) 30年前の古い日記に、こんな言葉が写してある。 奥浩平?…どういう人なのか分からない。 ネットで調べてみた。 ※奥 浩平 おく こうへ... 続きをみる

  • 自分マニア(瞑想好き人間)

     アナパナ・サティ(呼吸瞑想)1Hほどした直後に、ひとつの言葉を思いついた。 自分マニア 普通に言えば瞑想好き人間のこと。禅は自己究明ともいうしね。けして自慰マニアとかいうことじゃない。 まあそれほど良い言葉でもないが、おもいついたので書いておく。 「自分」と「マニア」という、ありふれた言葉の組み... 続きをみる

  • 訳し方で、同じ文の印象がずいぶん変わる

     今もたまに聖書を見る。 思うべきことをこえて思いあがらぬように。 神が分かたれた信仰の量に従って節度ある思いをするように。 (ローマ書12・3より 世界の名著「聖書」前田護郎訳) ※新約聖書を、便利な脚注付きの電子ブック版で読むことができます。 →前田護郎個人訳新約聖書 このことばを読... 続きをみる

  • 妄念の外に別の心などない

    横川法語。恵心僧都・源信大師のことば。 人間と生るること、大いなるよろこびなり。 身はいやしくとも、畜生におとらんや。 家まづしくとも、餓鬼にはまさるべし。 心におもふことかなはずとも、地獄の苦しみにはくらぶべからず。 世のすみうきは、いとふたよりなり。 人かずならぬ身のいやしきは、菩提(ぼだい)... 続きをみる

  • 欲以外の幸福を教えてくれた人

     われはすべてに打ち勝ち、すべてを知り、あらゆることがらに関して汚されていない。 すべてを捨てて、愛欲は尽(つ)きたので、こころは解脱している。 みずからさとったのであって、誰を[師と]呼ぼうか。 (ブッダの真理のことば ダンマパダ353中村 元訳)  釈尊にできたことが、自分にできるか&hell... 続きをみる

  • 人が採りうる最良の態度

    A.自分の救いのために、困っている人を助けようとする。 これは、非難はされないにしても、少なくとも最良の態度ではない、不純な動機が混じっているから、と思っていた。 B.ただ、困っている他人を見て、かわいそうだ、きのどくだと思い、その気持ちのまま人を助けようとする。 これが最良の態度だ、動機が純粋だ... 続きをみる

  • 他者の奴隷では自分の楽しみは得られない

    当たり前のことを言うな 当たり前ができてないから  自分が煩悩に引きずられていると認めながら、貪りの傾きから立ち直ろうとしない者は、他者の楽しみを追い求めているにすぎない。 他者の楽しみを、自分の楽しみだと錯覚している。 彼らはくりかえし悲歎と憂いに落ちる。  己が楽しみを求める者は、さまざまな煩... 続きをみる

  • 身につまされる言葉

    …わたしが得たのはただ納得であって、信仰ではなかった。… 多くの経典や研究書を耽読した三十歳代であるが、絶えず了解し、絶えず迷い、結局そこに残ったのは「知識」であったといえる。 (鷲巣 繁男 遺稿集より)  実に身につまされる言葉だ。 宗教に興味ない大多数の人達には「な... 続きをみる

  • 「結局」なんか知るか

    ある会話。 「そういうことは、結局あなたのためにならない」 「“結局”がどうだろうと、ぼくの知ったことじゃない。 ぼくは“結局”なんか、これっぽっちも気にしたくないね。 大事なのは、今の瞬間のぼくの気分、ぼくの希望、ぼくの欲求だけだ。 それが&ldq... 続きをみる

  • 欲望~幸福なら酔生夢死でOKかよ~

     他人は私が私に持つほどの関心を私に持たないので、私のことを全然知らなくても「あなたを知ってます」と悪気なく言い、なんの痛痒も感じない。 私は私に切実な関心を持たずにいられないので「自分のことを一番知らないのは自分だ」と感じる。 それは心理的な事実だ。 自分自身のことを知らないままの一生は酔生夢死... 続きをみる

  • イソップ寓話集 2

    「タウンゼント版イソップ寓話集」から引用させていただきます。 57 虚飾で彩られた烏。    ある、言い伝えによると、ジュピターは、鳥たちの王様を、決めようとしたことが、あったそうだ。ジュピターは、鳥たちの集まる日時を決め、その中で一番美しい者を、王様にするというお触れを出した。  烏は、自分が醜... 続きをみる

  • イソップ寓話集

    「イソップ寓話集」(昔の愛読書です)からひとつ 55 牡牛たちと肉屋。  むかしのこと、牡牛たちは、肉屋が、この世からいなくなればよいと考えた。と言うのも、肉屋は、牛たちを殺戮することを、なりわいとしているからだ。  牡牛たちは、日時を示し合わせて、終結スルト、戦を前に、ツノの手入れに余念がなかっ... 続きをみる

  • 辻潤とショーペンハウエルとブッダ

    (低人さんのブログ「あほりずむ」から) ◎アナキズム図書室の辻潤の文章を読みました。 (辻 潤「のつどる・ぬうどる」より引用)  自分はこの世に生まれて来たことを別段ありがたいことだと思ってはいないが、ブッダや老荘やショーペンハウエルなどという偉人の教説を知ることの出来たことを、せめてもの一大慰安... 続きをみる

  • 「禅に聞け」澤木興道老師の言葉

    宗教には連帯責任ということはない。 私一人である。 (「澤木興道老師の言葉 禅に聞け」櫛谷 宗則編) 泣き顔をヤメイ。ちっちゃな気で「オレはツマラヌ」と思い、「ヒトはエライ」と思うて泣き顔してコセコセして。---そしてちょっとツマルと調子づきやがって。 (同) 一切衆生は唯我独尊じゃ、自分が自分を... 続きをみる

  • ただ本を得て末を愁うることなかれ

    ただ本(もと)を得て末(すえ)を愁(うれ)うることなかれ… 本は真如、末は神通の意味で修行を指す。 根本をしっかりと捉えて、末節に走るなということです。… つまり本当の事さえすれば、それを人が知るとか知らんとか、功徳がどうの、神通がどうの、そんなことは問題ではないのです... 続きをみる

  • 尾崎方哉

    尾崎方哉(ほうさい)(自由律俳人)は、気になる人だ。 元々ねあかの人間が存在論的悩みと格闘して疲労困憊し、社会との絶え間ない違和感に悩まされ、それでも自分に忠実に生きようとしてしだいにひとりぼっちになっていく。 最後に孤独、無言、ひきこもりの生活を選びかつ選ばされ「ふっと消えるように死んでしまう」... 続きをみる

  • 「あなたは死なない。だいじょうぶ」と言ってくれる宗教しか人は受け入れない

     釈尊は、インドでは最高神ヴィシュヌの九番目の化身としてヒンドゥー教の神にされている。 ヒンドゥーの根本教義であるアートマンを明確に否定した釈尊を、どんな手品を使ったら、自分たちの神と同一視できるのか。 釈尊となったヴィシュヌ神は、わざとまちがった法(=仏法)を説いて、国にはびこる悪魔の眷属(=仏... 続きをみる

  • 維摩経

     維摩経は、文学的天才が書いた小説のようなものだとおもう。 読んでおもしろいが、人を救う力はあまりない気がする。 低劣な衆生を次第に成熟させていくために、如来は、この仏国土にこんなに多くの欠陥や不完全さがあるように見せるのである (中央公論社「世界の名著2」 長尾雅人訳) こんなのが維摩経の主張だ... 続きをみる

  • 苦を溺愛してる人が苦から逃れられるわけない。

    (ブッダの真理の言葉 中村 元訳)より引用します。 汝の生涯は終りに近づいた。汝は、閻魔(えんま)王の近くにおもむいた。汝には、みちすがら休らう宿もなく、旅の資糧(かて)も存在しない。 だから、自己のよりどころをつくれ。すみやかに努めよ。賢明であれ。汚れをはらい、罪過がなければ、汝はもはや生と老い... 続きをみる

  • 映画 『X-ミッション』のとんでも仏教

    洋画 『X-ミッション』 映画 『X-ミッション』特別映像(ロック・クライミング)【HD】2016年2月20日公開 Wikipediaストーリーより引用 元エクストリーム・スポーツのアスリートという経歴を持つ新米FBI捜査官のジョニー・ユタは、謎の犯罪者集団の調査を命令される。犯人達は常人には真似... 続きをみる

  • 永遠の真理

    ダンマパダの言葉をいくつか。 たとえためになることを数多く語るにしても、それを実行しないならば、その人は怠っているのである。--牛飼いが他人の牛を数えているように。 かれは修行者の部類には入らない。 この世のものを不浄であると思いなして暮らし、(眼などの)感官をよく抑制し、食事の節度を知り、信念あ... 続きをみる

  • わたしが説かないことは説かないと了解せよ。 ブッダの比類なき知恵と慈悲

     世界に比類なく勝れた、ブッダの教えを紹介します。 (中部第63 小マールンキャ経 毒矢のたとえ 桜部健訳より引用)ブッダの言葉。  人は死後存在するという考え方があってはじめて、人は修行生活にとどまるであろうというようなことはない。 … 人は死後存在しないという考え方があってはじめ... 続きをみる

  • 証を覚前に獲る

    道元禅師の言葉をもうひとつ。 知るべし、 行を迷中に立てて、 証を覚前(かくぜん)に獲(う)ることを。 (永平初祖学道用心集「仏道は必ず行に依りて証入すべき事」) 行は迷いながら、それでもやり遂げるものである。 普通は、証を獲て、はじめて迷いは消えるが、それは迷中の行の力であろう。 実は、気づこう... 続きをみる

  • 方法的信

     (中国禅宗神話のお話は昨日でいったん終わりにします) 仏道を信ずる者は、すべからく自己、本より道中に在って、迷惑せず、妄想せず、顛倒せず、増減なく、誤謬なきことを信ずべし。かくの如きの信を生じ、かくの如きの道を明らめ、よってこれを行ず。乃ち学道の本基なり。 (道元禅師 永平初祖学道用心集9) お... 続きをみる

  • おい、主人公よ! 瑞巌師彦『無門関』第十二則

    瑞巌和尚、毎日自ら主人公と喚び、復た自ら応諾す。及ち云く、惺惺著。諾。他時異日、人の瞞を受くること莫れ。諾、諾。 (『無門関』第十二則) 瑞巌師彦禅師の師匠は巌頭禅師、青原行思(六祖慧能の2大弟子の1人)の流れを汲む人となってます。 この瑞巌和尚は毎日独り言を言ってたというんですね。 それもかなり... 続きをみる

  • 臨済禄

    語録の王といわれる臨済録。 特に有名な部分をあえてとりあげます。 逢佛殺佛 逢祖殺祖 逢羅漢殺羅漢 逢父母殺父母 逢親眷殺親眷 始得解脱 仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、 羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、 親眷に逢うては親眷を殺して、初めて解脱を得ん 「自分を徹底的... 続きをみる

  • 趙州従諗

    「平常心是道」は馬祖道一の名句ですが、公案になっています。 南泉と趙州の問答。 (試訳) 趙州問う「どんなものが道ですか」 南泉云く「平常心が道だ」 州云く「平常心をめざすべきですか」 泉云く「めざすと、失敗する」 州云く「めざさなければ、 どうして道だと分かるんですか」 泉云く「道は、分かるとか... 続きをみる

  • 至道無難 放下着

    次は五祖弘忍、その次は四祖道信ですが、ぜんぜん知りません。 もっとも、たいして知る必要もないかもしれません。 馬祖道一・石頭希遷より前はすべて嘘混じりの神話の類に過ぎないらしいからです。  下の動画は、花園大学名誉教授沖本克己先生による「禅宗史」講義ですが、聴いて少なからずショックを受けました。 ... 続きをみる

  • 曹渓慧能

    懐讓禅師の師は六祖慧能禅師。 弟子の南嶽懐譲から臨済宗、青原行思から曹洞宗など、後の五家七宗全てが六祖の門から出る。 慧能禅師の説法集『六祖壇経』は、おれが見た禅書のなかでいちばんおもしろかった。 本来無一物(ほんらいむいちもつ) この言葉をきっちりと受けとめないうちに、続けて「無一物中無尽蔵」と... 続きをみる

  • 南岳懐讓

    馬祖禅師の師は南岳懐讓禅師 説似一物即不中(せつじいちもつそくふちゅう) 悟りの世界を言語で言い当てることは原理的に不可能、 という意味だと思います。 (過去記事ショーペンハウアー編修1より関係部分を引用します) 概念で表わせないことを、直に言語化すると、たいてい夢のような茫漠とした表現、あるいは... 続きをみる

  • 馬祖道一

    百丈禅師の師は馬祖道一禅師。 平常心是道(びょうじょうしんこれどう) で有名な人。 (フリー引用句集『ウィキクォート(Wikiquote)』より引用) 迷いに対して悟りを説くのに、本より迷いが存在しないのならば、悟りも立てようがないではないか。一切の生きとし生けるものたちは、遥かな昔から、法性三昧... 続きをみる

  • 百丈懐海

    臨済禅師の師が黄檗禅師、黄檗禅師の師は百丈懐海禅師 (これからちょっと系統をさかのぼってみようかと思ってます) 禅院の生活規則 「百丈清規」 を作った人。 「一日作さざれば一日食らわず」 「働かざる者食うべからず」という意味ではありません。 しかし、釈尊はこういう誤解をまねくような発言はしなかった... 続きをみる

  • 黄檗希運

    臨済禅師を出したので、師匠の黄檗希運禅師も 「念を息(そく)し慮(りょ)を忘ずれば佛自(おのづか)ら現前(げんぜん)す」 「我すらなお不可得(ふかとく)なり、我にあらざるもの何ぞ可得ならむ、佛と衆生と皆不可得なり」 「三乗十二分教(さんじょうじゅうにぶんきょう)を学得すとも、一切の見解(けんげ)総... 続きをみる

  • 自信の塊 臨済宗

    たまたま信心おこせども、自心仏と知らざれば、ただ徒らに狂奔し、かくも尊き仏法を耳にしつつも、一向に信心帰依の心なく、生死の海に浮沈して、三毒五欲の妄念と憎愛取捨の迷執に、日夜造業造作して、永劫出離の際もなし。 悲しいかな、われら一念に悟れば直にこれ仏となるを知らずして、却って一念迷うが故に、自ら凡... 続きをみる

    nice! 1
  • めざせ!在家の出家!

    (禅に聞け 澤木興道老師の言葉 櫛谷 宗則編)より引用します。  常識、常識と言うが、何を言うのかと思えば、人並みの考えのことを言っている。 もっと言えばグループ呆(ぼ)けの考えのことを言っておるにすぎぬ。  今の坊さんのは出家ではない。ワラ小屋から瓦小屋に家移りするだけだ。菓子屋の息子が火葬場の... 続きをみる

  • 映画「アバウト・タイム」これはヴィパッサナー実践の勧め

    (Wikipedia)『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』 [ストーリー]より抜粋引用 ティム・レイクはイギリスのコーンウォールに住む若い青年である。21才になった時、父から一族の男にはタイムトラベルの能力があると告げられる。… …父は毎日を二度過ごせと言う。最... 続きをみる

  • 歩け、走るな

    たいがい人間のやることは、べつにはっきりした人生観があってやっているのではない。ただ肩の凝った時にトクホン貼ってみるぐらいの、まにあわせの人生観でやっているのでしかない。 (澤木興道老師) 論議はこれ智者の有なり。 更に愚人の分にあらず。 また諍論(ざうろん)のところには諸(もろもろ)の煩悩起る。... 続きをみる

  • 聖書の言葉

    聖書の言葉を少しだけ 心を尽くして知恵に近づき、 力を尽くして知恵の道を歩み続けよ。 足跡を追って、知恵を探せ。 そうすれば、知恵が見つかるだろう。 しっかりつかんだら、それを手放すな。 ついには、知恵に憩いを見いだし、 知恵は、お前にとって、喜びに変わるだろう。 (シラ書6・26~28 新共同訳... 続きをみる

  • まず有縁を

    親鸞は、父母への孝養のためと考えて、追善供養の念仏を称えたことは、まだ一度もない。……すみやかに浄土に生まれてさとりを開いたならば、…なにをおいてもまず自分と縁の深い人々を救うことができよう (歎異抄5石田瑞麿 現代語訳) 原文全 親鸞は父母の孝養のためと... 続きをみる

  • ブッダのことば

    今日は、釈尊のことばを、いくつか。 ひとは「われはこれこれのものである」と考えるそのとおりのものとなる。 それと異なったものになることは、あり得ない。 (感興のことば32章33中村 元訳) 他人の過失を見るなかれ。他人のしたこととしなかったことを見るな。 ただ自分のしたこととしなかったことだけを見... 続きをみる

  • みんな共同錯覚世界の住人

    孤独は、すぐれた精神の持ち主の運命である (ショーペンハウアー『パレルカ-ウント-パラリポメナ』) いやあ、すぐれた精神の持ち主だけの運命じゃないだろう。 人間は誰もが孤独だ。例外はない。 孤独は、人間に生まれたものの運命だ。 ただ、すぐれた精神の持ち主は、自分を偽ることを潔しとしないので、この事... 続きをみる

  • 出家と在家

     釈尊は、出家修行者用の教えと、在家信者用の教えを、区別して説いた。 在家信者に、出家者の修行を薦めても、たいていは苦しみ混乱するだけで無益だと分かっていたからだ。 出家者への教えと戒律は、「存在の意味」に最短距離で直結させるためのものだ。 「存在の意味」は一般に問題としてさえ認知されていないのだ... 続きをみる

  • 人間の孤独性

     若いころは、人生が、かほどまで孤独なものだと思わなかった。 自分の周りを「そうじゃない」と錯覚させる装置が囲んでいたので。 考えることが、この上なく煩わしいのはいうまでもないが、感じることだって、結局その場だけの刺激だと分かると、煩わしくなる。 むなしい共同錯覚世界の住人でいることは可能だが、 ... 続きをみる

  • 魂は諸悪の根源 道徳は成立せず戦争もいじめもなくならない

       ブッダだけが事実を教えてくれる。 無常と無我を教えてくれる。 不死の魂(死んでも死なない自分) など無いと教えてくれる。 他のあらゆる宗教は いつでも逆のことを教えている、 事実に反する有害な幻想を。 一方、 大多数の人々は 常に事実を忌嫌い、 幻想を渇望している。 「わたし達には... 続きをみる

  • 「他人のためになる」は結果。放っておけ

    「他人のためになる」ということを、みんな酷く取違えてる。 自分は死んでも生きているというおもいを捨てることが最優先事項だ。 死んでも生きているという妄執にとらわれている限り我があり、我がある限り自分のためにすることしかできない。 我がなくなるという原因が生じたとき、何をやってもすべて「他人のために... 続きをみる

  • 確認

     今ここに生きている事実に感謝し喜べる者が、最も幸福な人間だ。 だから、幸福になるのは、まったく自分しだいで、じつに簡単な事なのだ。 あまり簡単すぎる事は、かえって多くの人間が気づかないものだ。 ただし (これが、おれの本当に言いたいことなんだが) 幸福か不幸かってことは、別に人生とは関係ない話だ... 続きをみる

  • 鳥なき郷の蝙蝠

     ブッダが発見した 無我という真理 は、生物一般の宿命的盲点になっている。 賢愚を問わず誰もが「俺」ほど確実な実感は他にないと思いこんでるから、 「俺、俺のもの」は錯覚だと言われたら「…あほか」と聞き流す。 I feel じゃなくて There is feeling なんです とスマ... 続きをみる

  • 有終完美者

     すべての生きとし生ける者は、さあいよいよ死ぬというその時、例外なく極めて悲惨な有様になる。人間ならまた一層。 だれ一人、有終完美者にはなれない。 国王、大臣、権力者、億万長者、有名人、美人、スーパースター、学者、芸術家、武道家、苦行者、霊能者、宗教家、超能力者、いずれもいずれも、有終完美だけは決... 続きをみる

  • 楽しみを求めるだけの識別能力

     親鸞は教行信証で『大智度論』を引用して言っている。 「真実の智慧に依る」とは、その智慧はよく善悪を比較し区別するが、 識別はただつねに楽しみを求めるだけで、肝心の正しい道にはいっていかない からである。 (石田瑞麿 現代語訳) [原文] 「依智」とは、智はよく善悪を籌量し分別す。 識は常に楽を求... 続きをみる

  • なぜ世界はいつまでたっても酷いままなのか

     仏教では、よくことばを月差す指にたとえる。 もし人に、月がはじめから見えなかったら月ということばは生まれないだろう。 では、一人だけに月が見えて、他の誰にも月が見えなかったらどうか。 月ということばは、やはり生まれない。 たとえ、そのたった一人月が見えている人が、月ということばを作っても、彼(彼... 続きをみる

  • 阿含経典のおしえ

    阿含経典のおしえ。 「比丘たちよ、色(肉体)があるにより、色を取するにより、また、色に執著するによって、 <こは我である、こは世間である、死後の我はかくあらん。常恒にして永住する変易なきものがある> と、そのような見解を起こすのである。  また、受(感覚)・・・・・、想(表象)・・・・・、行(意志... 続きをみる

  • 悪魔の言葉とブッダの言葉……これは選択問題じゃない

     次の言葉を人に聞かせて、感想を訊いてみる。 子女ある者は子女について喜び、牛ある者は牛について喜ぶ。人間の執着するよりどころは喜びである。執着するよりどころのない人は実に喜ぶことがない。 すると、10人が10人とも、 「そのとおりだと思う」 と答える可能性が高い。 世間的に賢者と認められてる人物... 続きをみる

  • ネガティブ自信

    仏教とは、ありのままの自分を深信することだ。 この「自分を深信すること」が、親鸞のように、完全に、ほとんど自虐的なまでに ネガティブ に自覚、表明される場合がある。 以下の言葉は、その徹底ぶりによって詩に昇華している。 浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし 虚仮不実のこのみにて 清浄の心もさ... 続きをみる

  • 絶妙の仏教

     親鸞は「教行信証」で『観経義疏』を引用して、説いている。 いま浄土の経典はいずれも一様に魔の障りを説かない。したがって、この教えには魔の障りがないことを、はっきり知ることができる。 それに対して、禅等の自力修行は魔の因縁を持っている。 もし、聖者のさとりをえたと考えたりすると、かならず魔の障りを... 続きをみる

  • 若い時、重い悲劇と受けとっていたことが、じつは軽い喜劇だったとわかるようになる。

     就活は1年中だと言われながらも、この3月は今でも就活が活発になるから、いちおう「就活シーズン」と云っていいのかな。  ほのぼのヒューマン・コメディ3本「ぼくのおじさん」「オケ老人!」「何者」続けて観た。 3作3様に楽しかった。 このうち「何者」についての感想だけ書く。 wikipedia「何者」... 続きをみる

  • 映画『赤い玉、』苦が苦聖諦に昇華できないとどうなるか

    (Wikipediaより引用)あらすじ 大学教員に就きつつも映画監督である時田修次は、新作の撮影に臨んで行き詰っていた。時田は、愛人・唯の美貌に癒されながら脚本を練り、あくまでも経験に基づく作品を撮ろうと考えるが、そういった自分の生き方が、まるで映画の中でうろつく役柄のような気がしてならなかった。... 続きをみる

  • あなたのベストフレンドはブッダです

    天地達観の位には、聖人と称し仏陀と号するも、もとより人なれば、畢竟、我が講求討論の友にして、師とするものは天地なり。 (三浦梅園) そりゃ、そうだ。釈尊だって「私を信じよ」とは言っていない。 「師とするものは天地なり」の気概と見識は、そのまま「自灯明、法灯明」になりえる。 「聖人、仏陀は、我が講求... 続きをみる

  • 耕治人の私小説「そうかもしれない」

    耕治人の小品「そうかもしれない」を読む。 この作者のことはまったく聞いたことがなかった。 いい私小説だ。 痴呆になった妻が、心配する夫のことを忘れてしまい、 介助者に「あなたのご主人ですよ」といわれて 「そうかもしれない」 と呟く。 寒々とした脱力感におそわれる話だ。 Wikipedia「耕 治人... 続きをみる

  • 「わかった!」体験をあと一人増やすためだけに

    マハトマ・ガンジーの言葉。 みんなが認めていても間違いが真実になることはないし、誰も認めていなくても真実が間違いになることはない。 An error does not become truth by reason of multiplied propagation, nor does truth ... 続きをみる

  • 意味ないことを面白がって死ぬまで過ごす悪癖

    2020-02-19の記事 人生の目的は 1欲の奴隷(現世快楽主義)の章 でこう書いた。 釈尊入滅後、やがて宗教改革が起こり、在家信者中心の大乗仏教ができた。 教科書的な解説本は、例外なく「菩薩」等を賞揚し、すばらしい改革であり発展であると断定している。本当に、そうなのか? 在家信者だけを相手にす... 続きをみる

  • 存在の不安

     不安であることは、自分が道を外れていないことの最も確かな証だ。  そう気づくこと。 不安を否定する必要はない、それどころか否定してはいけないのだと気づく。 不安は少しも変わらず今もあるが、それが以前のように苦痛ではなくなる。 不安であることが嫌でなくなる。 むしろ、嬉しいと思える。 自分が不安な... 続きをみる

  • わたしは今ここで苦しいという気づき。

     ブッダのエピソードにあった女の子は 「明日のこと考える余裕ないんです。 今日苦しんでるんです。 だからそうやって、物凄く苦しみに目覚めている場合は(ブッダの智慧に触れると)一発で、さとりに達します」 (上の動画スマナサーラ長老の説法から引用。カッコ内は引用者注) 「物凄く苦しみに目覚めている場合... 続きをみる

  • 欲以外の幸福 ブッダの教え

    真実道を知らないで、百年生きるよりも、それを知って、一日生きるほうがよい。 (現代語仏教聖典 法句抄2) 道を得んと学ぶのは、戦場に臨むが如く、敗れる者もあれば、逃げ帰る者もある。討死する者もあれば、勝つ者もある。心を堅固にし、強く進んで、愚かな世評に惑わされなければ、必ず道を得るであろう。 (同... 続きをみる

  • 主張2

     世間の常識はあげ底になっている。 それも甚だしいあげ底だ。 「人は必ず死ぬ」と聞くと「そんなことは常識だ。誰でも知っている」と答えるのがそれだ。 生者必滅の理が本当に常識なら、こんなにも浅ましい世界であるはずがないのだ。 存在の意味に関して、多くの人々に共通している難点は、 答がわからないことで... 続きをみる

  • 主張1

    人の心はほかの何物にも勝って実がない。誰がそれを知りえようか と聖書に書いてある。(エレミア書17-9) たいていの人間は、その何物にも勝って実がないものに頼って生きている。 仏陀が 良く整えられた自己こそが唯一頼れるものだ と教えた自己とは、自分の心のことではないのは確実だ。 自分の心は、まるで... 続きをみる

  • 人生の目的は

     人生の目的は「存在の意味」を明らめることにあります。 しかし、大多数の人々が存在の何が問題なのかさえ自覚的には知らない。 実は知っているが、自覚的には知らないという厄介な状態です。 そこで実は知っていることに気づくために、人間は様々迷いながら、 1 欲の奴隷(現世快楽主義)→2 相対主... 続きをみる

  • 泣きたくなるが、どうしようもない

    おれは無邪気な少年だった。 老いや死は言葉としてのみかろうじて知っているだけで、その実際の恐ろしい意味は知らなかった。 そしてもちろん、知らないという事実にも気づいてはいなかった。 中学生のある日、芥川の晩年の作品を読んで、自分の考え方感じ方が我慢できないほど浅はかだと痛感した。 生れて初めて、自... 続きをみる

  • 遺伝子は、神か 悪魔か

     遺伝子は、人を滅ぼすものでもあると同時に、人を生かしているものである。 その偉大な能動的側面を見て「遺伝子は神だ」という者もいる。 そうなると、おれはバランスをとりたくなり「遺伝子は悪魔だ」という。 遺伝子のプログラムに支配され、殺し殺される修羅場を演じる自動人形(含人類)として、一生を終えるほ... 続きをみる

  • トラブルだらけの人生で正念相続が可能なわけ

     猿のようにあちこちに飛び回る心を、サティとヴィパッサナーで自分に縛り付けておくのは、人生の最重要事項 正念相続 を守るためだ。 しかし日々トラブルが絶えない四苦八苦の人生で、常に落ち着いた心を保つ正念相続など不可能ではないか?  もし人生が、泣かないでいられないほど辛いこと悲しいことが、本当に起... 続きをみる

  • 修行衰退の原因

    河を流れる丸太に修行者を例えた、ブッダの有名な説法がある。 ターン・プッタタート パーリ三蔵より パーリ・ブッダバーシタ 相応部サラーヤタナヴァッガ 三蔵18巻23頁322項 「海まで下る丸太」 (文中、スガタは「善く行った者。善逝」の意味でブッダのことです)  比丘のみなさん。みなさんはガンガ(... 続きをみる

  • 大人になりたい!死ぬ前に!

     週一のウォーキング会終了後、メンバーの一人とコーヒー飲みながらしばし空談するのが最近の恒例になっている。 Aが新聞の投書欄か何かの記事を見ながら 「酒はほろ酔いで止めるのが良い。それ以上どん欲に追い求めても増える楽しみはあとわずかて書いてある。ほんとにそやな」 おれ 「それ、みんな分かってるとお... 続きをみる

  • 自由…か?

     人間は、生れさせられ、殺される。 人生は最初と最後が、100%不自由だ。 では自殺者は?自分で自由に死ぬのでは? 自殺は不自由だ。 生きたいのに、生きることができなくなった者だけが、やむを得ず自殺する。 けっして、望んで死ぬのではない。 自殺者も、殺されているのだ。 一生の最初と最後が、圧倒的に... 続きをみる

  • 意識の感受性能を上げる

    無意識の意識化、それをさらに無意識化する …これがワンサイクル。 これを何度も繰り返すのが、 人類の運命なのかも知れないと、ふとおもう。 無意識の意識化は、困難で偉大な事業だ。 しかしそれだけでは、結局どうしようもない。 救いのためにはその後、 意識の無意識化が成されねばなら... 続きをみる

  • いじめと戦争は同じ根っこから発生している。どうして誰も気づかないのか?

    スティーヴン・キングの1974年の同名の小説を原作としており、その3度目の映画(Wikipedia)  いじめは金輪際止めろというメッセージだ とおれはおもう。 いじめと戦争は同じ根っこから発生している。 この事実に無理解な人があまりにも多すぎる。 戦争には反対のくせに、いじめは平気でしてるバカが... 続きをみる

  • 適応で満足するな。応答しろ。

    (吉本隆明「良寛」から引用) 親鸞の解釈の仕方によりますと人間は具体的に生きているとか死んでいるとかいうところ、つまりその人がその人であるというところでは人間は本質的な存在ではない、というのです。これを現在のいい方でいえば、人間はいつも現に存在するところのものではないということでしょう。現に存在す... 続きをみる

  • あなたはパウロに現れたのに、どうして、私に現れないのか

    田中小実昌『アメン父』より引用。 「あなたはパウロに現れたりしたのに、どうして、私に現れないのか」 と父がけんかするみたいに言っている(祈っている)のを、母はなんどか聞いたそうだ。 (強調処理は私です。原文にはありません。引用終)  気持ちは痛いほど分かる。 本気で信仰に志したら、誰でもこの不満を... 続きをみる

  • 絶望はあたりまえ

     人間は、まともに生きている限り、いっさいの希望を持てなくなるときが来るのはあたりまえだ。 絶望は必ず来る、自分を麻痺させない限り。 絶望したからニヒリズムに陥るというのは甘えである。 (おまけ) 「ザ・モンキーズ・ショー」もよく見てた。 「モンキーズのテーマ」 アメリカ音楽産業のおとな達が恥も外... 続きをみる

  • 八正道

     八正道のポイントは『正』の意味にある。 正しいとは、なにかってことだ。 正=自己に執着しない。 だと、おれはおもう。 すると、八正道はこうなる。 正見 ものごとを、自己に執着しないで見ること。 正思 ものごとを、自己に執着しないで考えること。 正語 ウソをつかず自己に執着しないで話すこと。 正業... 続きをみる

  • ショーペンハウアー 編修4

     「意志の自由のままに応じて、ここの客観はそもそも存在しないということもあり得てくるだろうし、また根源的に、本質的に、それがぜんぜん別の客観になるということだってあり得ることかもしれない。さらにまた、その客観が一つの環としてつながれている連鎖の全体を考えるなら、これ自体も同じ意志の現象であるからに... 続きをみる

  • ショーペンハウアー 編修3

    『(盲目の)意志』 は 無明だ! ショーペンハウアーを読んで、 初めて釈尊の説く無明が分かった気がした。 無明が単なる無知であるはずがない。 それでは、現にある人間と世界が、現にあるようには理解できないからだ。 自分にとっては、興奮する発見だった。 それまで、仏教の解説本を読んでも納得できないでい... 続きをみる

  • ショーペンハウアー 編修2

    誰でも自分自身にとっていちばんよいもの、いちばん大事なものは自分自身であり、いちばんよいこと、いちばん大事なことをしてくれるのも自分自身である。 (ショーペンハウアー「幸福について」橋本 文夫訳)  先入観に染まった多くの人は、一読して 「あんまり感心しないな、自分勝手じゃないか」と自動反応する。... 続きをみる

  • ショーペンハウアー 編修1-2

    「野心家」の最終形について。  野心家は、個別性の迷妄を打ち破るにしたがって「正義の人」となることはすでに述べた。 この傾向が大詰めまで進むといかなることになるであろうか。 ある人が他の個人と異なっていることとか、他の人が背負っている苦悩を自分は免れているといったことは、現象の形式、「個体化の原理... 続きをみる

  • ショーペンハウアー 編修1-1

    国家というものは、理性を具備したエゴイズムがエゴイズムそのものに降りかかってくるそれ自身の悪い諸結果を回避しようとするための手段である。 (「意志と表象としての世界・正編」第六十二節。西尾幹二訳・中央公論社。以下 62 と表記する) 刑法の法典とは、可能性があると想定された総犯罪行為に対する、反対... 続きをみる

  • 人生には「今」しかない。ところで「今」って?

     エックハルト・トールは 集まって椅子に座っている聴衆 一人一人に 言葉で示す。 あなたの人生の真の目的は 「ここに座っていること」 です。と 人生の目的は、未来じゃない。まして過去でもない。  みんな「今」くらい知ってるつもりだが、じつは「今」について何もわかっていない。 「今」を体得したいなら... 続きをみる

  • 満島ひかり主演『海辺の生と死』

    ついていけないでしょうか たとえこの身がこわれても 取り乱したりいたしません  過去ブログで、二階堂ふみ主演『この国の空』を観て書いたのと同じことをおもった。 これは反戦映画にはなっていない。しかし面白かった。と。 その理由も同じだ。 たとえば今のテレビ番組を見ればすぐわかるが、善悪美醜も喜怒哀楽... 続きをみる

  • うまくいかなくても止めずにそれをヴィパッサナーし続ける

     実行者の大半が、まともに3分すら続かない ヴィパッサナー実践 について。  よくいわれることだが、 昔の人が木をこすって火をおこす要領でやる必要がある。 やるなら完全に燃え上がるまで一気にやらないと結果は出ない。 ちょっと煙が出たくらいで休むなら何度やってもあまり意味がない。 「あまり」という限... 続きをみる

  • 坐禅で沈思黙考はNG

     テレビを見てたら、沈思黙考の反対は無念無想だと言っている。 一方で辞書によると沈思黙考の類語に瞑想が入っている。 坐禅は無念無想だが、一方で坐禅は瞑想だとされている。 すると沈思黙考≒瞑想≒坐禅≒無念無想だから、沈思黙考≒無念無想になる。 反対がほとんど等しいとはこれいかに。 言葉の混乱は一般的... 続きをみる

  • 俺妄想俺のもの妄想で狂ってる人達がポカンとなる話 映画「7年間」

    【ストーリー】より引用。 2016年スペイン製作、Netflixで配信。 罪を犯した仕事のパートナー4人が、 刑務所に行く1人を選ぶために話し合いをする中で、 激しくも醜くヒートアップする姿を描いたワンシチュエーション・サスペンス。 監督は、ロヘル・グアル。 ある休日の土曜日、女性ひとりを含む4人... 続きをみる

  • 日本人が繰り返し嵌りこむドツボ

    (仏説無量寿経巻下より引用) 世人、薄俗にして 共に不急の事を諍(あらそ)う。 (引用終)  沈むタイタニック号の中で、いつも通り椅子を綺麗に並べて、我が事成れりと満足している乗員のような人間が多い。 ホールに1ミリの狂いなく椅子を整然と並べることに心血を注ぐが、その努力は船が沈んだら意味がないこ... 続きをみる