人間は、自分を救う手立てのない獣ではない
(口伝鈔 善悪二業の事より引用) …機にうまれつきたる善悪のふたつ、報土往生の得ともならず、失ともならざる条(じょう)、勿論(もちろん)なり。 (引用終) どんな悪人でも救われる、ということ。 そもそも凡夫の考える善悪など、救いの条件ですらない。まるで関係ないのだ。 他力浄土系の文... 続きをみる
いつくたばってもおかしくない爺です。存在の意味について、日々思いついたことを書き綴ったものです。 このテーマに興味のある方だけ見てください。 (途中から日々雑感等の増量剤でふやけた味になってます)
(口伝鈔 善悪二業の事より引用) …機にうまれつきたる善悪のふたつ、報土往生の得ともならず、失ともならざる条(じょう)、勿論(もちろん)なり。 (引用終) どんな悪人でも救われる、ということ。 そもそも凡夫の考える善悪など、救いの条件ですらない。まるで関係ないのだ。 他力浄土系の文... 続きをみる
(以下、青字はブッダのことばの引用です。黒字はおれの意見です) さあ、この世の中を見よ。 王者の車のように美麗である。 愚者はそこに耽溺するが、 心ある人はそれに執著しない。 (ブッダの真理のことば ダンマパダ171 中村 元訳) 釈尊は幼少より帝王学を修め文武両道を極めた才能豊かな王子でした。... 続きをみる
(ブッダのことば スッタニパータ329 中村 元訳より引用します) みごとに説かれたことばは、聞いてそれを了解すれば精となる。 聞きかつ知ったことは、精神の安定を修すると精になる。 人が性急であって怠けているならば、かれには知慧も学識も増大することがない。 (引用終。強調処理は私です) 性急であっ... 続きをみる
(ブッダのことば スッタニパータ249 中村 元訳) 魚肉・獣肉(を食わないこと)も、断食も、裸体も、剃髪(ていはつ)も、結髪も、塵垢(ちりあか)も、粗い鹿の皮(を着ること)も、火神への献供(けんく)の奉仕も、或いはまた世の中で不死を得るための苦行も、神呪(しんじゅ)も、供犠(くぎ)も、祭祀(さい... 続きをみる
(使徒言行録4:32,5:1~11 新共同訳から引用します) (イエス・キリストを)信じた人々の群れは心も思いも一つにし、一人として持ち物を自分のものだと言う者はなく、すべてを共有していた。 … ところが、アナニアという男は、妻のサフィラと相談して土地を売り、妻も承知のうえで、代金を... 続きをみる
法然上人のことば。 (黒谷上人語燈録15 禅勝房伝説の詞より引用します) 一(ひとつ)。現世をすぐべきようは、念仏の申されんようにすぐべし。 念仏のさまたげになりぬべくば、なになりともよろづをいといすてて、これをとどむべし。 いはく、ひじりで申されずば、妻を設けて申すべし。 妻を設けて申されずば、... 続きをみる
続けて(修証義 第二章より) 仏祖の往昔(おうしゃく)は吾等(われら)なり、 吾等が当来(とうらい)は仏祖ならん。 (以上) すでに成った聖者と、 これから成る聖者ってことね。 (修証義 第三章より) 西天東土(さいてんとうど)仏祖正伝(ぶっそしょうでん)する所は恭敬(くぎょう)仏法僧なり。 &h... 続きをみる
(修証義 第一章総序より引用します) 因果の道理歴然として私(わたくし)なし 悪を造りながら悪に非(あら)ずと思い、悪の報(ほう)あるべからずと邪思惟(じゃしゆい)するに依(よ)りて悪の報を感得せざるには非ず。 (以上) 世間では、悪と知らずにした過ちは、悪と知りながらした悪より、罪は軽いはずだ... 続きをみる
(武者小路実篤著「維摩経」より引用) 佛教の譬え話に、或る旅人が渇えて水をのみたいと思ってやっと水のある處へ出たが、其處は大きな湖水だったので何處から水をのんでいいかわからないので、とうとう水をのまない内に渇え死んだと云うのがあるが、馬鹿馬鹿しい話と思う人があるかもしれないが、僕達は佛教の経文の... 続きをみる
(親鸞 教行信証から引用します) ただ仏恩の深きことを念(おも)ふて、 人倫(じんりん)の嘲(あざけ)りを恥じず。 (道元 学道用心集から引用します) もし人賞翫(しょうがん)すれば、たとひ非道と知るも乃(すなは)ちこれを修行す、もし恭敬讃嘆(くぎょうさんたん)せざれば、これ正道と知るといえどもす... 続きをみる
わたしはまだ死んではいない。死ぬのなら、はっきり命がなくなるまで死のう。 だが、生きるならもっと快活に、そしてもっと豊かに生きるのだ。 (奥 浩平) 30年前の古い日記に、こんな言葉が写してある。 奥浩平?…どういう人なのか分からない。 ネットで調べてみた。 ※奥 浩平 おく こうへ... 続きをみる
アナパナ・サティ(呼吸瞑想)1Hほどした直後に、ひとつの言葉を思いついた。 自分マニア 普通に言えば瞑想好き人間のこと。禅は自己究明ともいうしね。けして自慰マニアとかいうことじゃない。 まあそれほど良い言葉でもないが、おもいついたので書いておく。 「自分」と「マニア」という、ありふれた言葉の組み... 続きをみる
今もたまに聖書を見る。 思うべきことをこえて思いあがらぬように。 神が分かたれた信仰の量に従って節度ある思いをするように。 (ローマ書12・3より 世界の名著「聖書」前田護郎訳) ※新約聖書を、便利な脚注付きの電子ブック版で読むことができます。 →前田護郎個人訳新約聖書 このことばを読... 続きをみる
横川法語。恵心僧都・源信大師のことば。 人間と生るること、大いなるよろこびなり。 身はいやしくとも、畜生におとらんや。 家まづしくとも、餓鬼にはまさるべし。 心におもふことかなはずとも、地獄の苦しみにはくらぶべからず。 世のすみうきは、いとふたよりなり。 人かずならぬ身のいやしきは、菩提(ぼだい)... 続きをみる
われはすべてに打ち勝ち、すべてを知り、あらゆることがらに関して汚されていない。 すべてを捨てて、愛欲は尽(つ)きたので、こころは解脱している。 みずからさとったのであって、誰を[師と]呼ぼうか。 (ブッダの真理のことば ダンマパダ353中村 元訳) 釈尊にできたことが、自分にできるか&hell... 続きをみる
A.自分の救いのために、困っている人を助けようとする。 これは、非難はされないにしても、少なくとも最良の態度ではない、不純な動機が混じっているから、と思っていた。 B.ただ、困っている他人を見て、かわいそうだ、きのどくだと思い、その気持ちのまま人を助けようとする。 これが最良の態度だ、動機が純粋だ... 続きをみる
当たり前のことを言うな 当たり前ができてないから 自分が煩悩に引きずられていると認めながら、貪りの傾きから立ち直ろうとしない者は、他者の楽しみを追い求めているにすぎない。 他者の楽しみを、自分の楽しみだと錯覚している。 彼らはくりかえし悲歎と憂いに落ちる。 己が楽しみを求める者は、さまざまな煩... 続きをみる
ある会話。 「そういうことは、結局あなたのためにならない」 「“結局”がどうだろうと、ぼくの知ったことじゃない。 ぼくは“結局”なんか、これっぽっちも気にしたくないね。 大事なのは、今の瞬間のぼくの気分、ぼくの希望、ぼくの欲求だけだ。 それが&ldq... 続きをみる
他人は私が私に持つほどの関心を私に持たないので、私のことを全然知らなくても「あなたを知ってます」と悪気なく言い、なんの痛痒も感じない。 私は私に切実な関心を持たずにいられないので「自分のことを一番知らないのは自分だ」と感じる。 それは心理的な事実だ。 自分自身のことを知らないままの一生は酔生夢死... 続きをみる
(低人さんのブログ「あほりずむ」から) ◎アナキズム図書室の辻潤の文章を読みました。 (辻 潤「のつどる・ぬうどる」より引用) 自分はこの世に生まれて来たことを別段ありがたいことだと思ってはいないが、ブッダや老荘やショーペンハウエルなどという偉人の教説を知ることの出来たことを、せめてもの一大慰安... 続きをみる
宗教には連帯責任ということはない。 私一人である。 (「澤木興道老師の言葉 禅に聞け」櫛谷 宗則編) 泣き顔をヤメイ。ちっちゃな気で「オレはツマラヌ」と思い、「ヒトはエライ」と思うて泣き顔してコセコセして。---そしてちょっとツマルと調子づきやがって。 (同) 一切衆生は唯我独尊じゃ、自分が自分を... 続きをみる
ただ本(もと)を得て末(すえ)を愁(うれ)うることなかれ… 本は真如、末は神通の意味で修行を指す。 根本をしっかりと捉えて、末節に走るなということです。… つまり本当の事さえすれば、それを人が知るとか知らんとか、功徳がどうの、神通がどうの、そんなことは問題ではないのです... 続きをみる
釈尊は、インドでは最高神ヴィシュヌの九番目の化身としてヒンドゥー教の神にされている。 ヒンドゥーの根本教義であるアートマンを明確に否定した釈尊を、どんな手品を使ったら、自分たちの神と同一視できるのか。 釈尊となったヴィシュヌ神は、わざとまちがった法(=仏法)を説いて、国にはびこる悪魔の眷属(=仏... 続きをみる
(ブッダの真理の言葉 中村 元訳)より引用します。 汝の生涯は終りに近づいた。汝は、閻魔(えんま)王の近くにおもむいた。汝には、みちすがら休らう宿もなく、旅の資糧(かて)も存在しない。 だから、自己のよりどころをつくれ。すみやかに努めよ。賢明であれ。汚れをはらい、罪過がなければ、汝はもはや生と老い... 続きをみる
洋画 『X-ミッション』 映画 『X-ミッション』特別映像(ロック・クライミング)【HD】2016年2月20日公開 Wikipediaストーリーより引用 元エクストリーム・スポーツのアスリートという経歴を持つ新米FBI捜査官のジョニー・ユタは、謎の犯罪者集団の調査を命令される。犯人達は常人には真似... 続きをみる
世界に比類なく勝れた、ブッダの教えを紹介します。 (中部第63 小マールンキャ経 毒矢のたとえ 桜部健訳より引用)ブッダの言葉。 人は死後存在するという考え方があってはじめて、人は修行生活にとどまるであろうというようなことはない。 … 人は死後存在しないという考え方があってはじめ... 続きをみる
瑞巌和尚、毎日自ら主人公と喚び、復た自ら応諾す。及ち云く、惺惺著。諾。他時異日、人の瞞を受くること莫れ。諾、諾。 (『無門関』第十二則) 瑞巌師彦禅師の師匠は巌頭禅師、青原行思(六祖慧能の2大弟子の1人)の流れを汲む人となってます。 この瑞巌和尚は毎日独り言を言ってたというんですね。 それもかなり... 続きをみる
(禅に聞け 澤木興道老師の言葉 櫛谷 宗則編)より引用します。 常識、常識と言うが、何を言うのかと思えば、人並みの考えのことを言っている。 もっと言えばグループ呆(ぼ)けの考えのことを言っておるにすぎぬ。 今の坊さんのは出家ではない。ワラ小屋から瓦小屋に家移りするだけだ。菓子屋の息子が火葬場の... 続きをみる
(Wikipedia)『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』 [ストーリー]より抜粋引用 ティム・レイクはイギリスのコーンウォールに住む若い青年である。21才になった時、父から一族の男にはタイムトラベルの能力があると告げられる。… …父は毎日を二度過ごせと言う。最... 続きをみる
孤独は、すぐれた精神の持ち主の運命である (ショーペンハウアー『パレルカ-ウント-パラリポメナ』) いやあ、すぐれた精神の持ち主だけの運命じゃないだろう。 人間は誰もが孤独だ。例外はない。 孤独は、人間に生まれたものの運命だ。 ただ、すぐれた精神の持ち主は、自分を偽ることを潔しとしないので、この事... 続きをみる
ブッダだけが事実を教えてくれる。 無常と無我を教えてくれる。 不死の魂(死んでも死なない自分) など無いと教えてくれる。 他のあらゆる宗教は いつでも逆のことを教えている、 事実に反する有害な幻想を。 一方、 大多数の人々は 常に事実を忌嫌い、 幻想を渇望している。 「わたし達には... 続きをみる
「他人のためになる」ということを、みんな酷く取違えてる。 自分は死んでも生きているというおもいを捨てることが最優先事項だ。 死んでも生きているという妄執にとらわれている限り我があり、我がある限り自分のためにすることしかできない。 我がなくなるという原因が生じたとき、何をやってもすべて「他人のために... 続きをみる
親鸞は教行信証で『大智度論』を引用して言っている。 「真実の智慧に依る」とは、その智慧はよく善悪を比較し区別するが、 識別はただつねに楽しみを求めるだけで、肝心の正しい道にはいっていかない からである。 (石田瑞麿 現代語訳) [原文] 「依智」とは、智はよく善悪を籌量し分別す。 識は常に楽を求... 続きをみる
仏教では、よくことばを月差す指にたとえる。 もし人に、月がはじめから見えなかったら月ということばは生まれないだろう。 では、一人だけに月が見えて、他の誰にも月が見えなかったらどうか。 月ということばは、やはり生まれない。 たとえ、そのたった一人月が見えている人が、月ということばを作っても、彼(彼... 続きをみる
次の言葉を人に聞かせて、感想を訊いてみる。 子女ある者は子女について喜び、牛ある者は牛について喜ぶ。人間の執着するよりどころは喜びである。執着するよりどころのない人は実に喜ぶことがない。 すると、10人が10人とも、 「そのとおりだと思う」 と答える可能性が高い。 世間的に賢者と認められてる人物... 続きをみる
就活は1年中だと言われながらも、この3月は今でも就活が活発になるから、いちおう「就活シーズン」と云っていいのかな。 ほのぼのヒューマン・コメディ3本「ぼくのおじさん」「オケ老人!」「何者」続けて観た。 3作3様に楽しかった。 このうち「何者」についての感想だけ書く。 wikipedia「何者」... 続きをみる
(Wikipediaより引用)あらすじ 大学教員に就きつつも映画監督である時田修次は、新作の撮影に臨んで行き詰っていた。時田は、愛人・唯の美貌に癒されながら脚本を練り、あくまでも経験に基づく作品を撮ろうと考えるが、そういった自分の生き方が、まるで映画の中でうろつく役柄のような気がしてならなかった。... 続きをみる
天地達観の位には、聖人と称し仏陀と号するも、もとより人なれば、畢竟、我が講求討論の友にして、師とするものは天地なり。 (三浦梅園) そりゃ、そうだ。釈尊だって「私を信じよ」とは言っていない。 「師とするものは天地なり」の気概と見識は、そのまま「自灯明、法灯明」になりえる。 「聖人、仏陀は、我が講求... 続きをみる
耕治人の小品「そうかもしれない」を読む。 この作者のことはまったく聞いたことがなかった。 いい私小説だ。 痴呆になった妻が、心配する夫のことを忘れてしまい、 介助者に「あなたのご主人ですよ」といわれて 「そうかもしれない」 と呟く。 寒々とした脱力感におそわれる話だ。 Wikipedia「耕 治人... 続きをみる
マハトマ・ガンジーの言葉。 みんなが認めていても間違いが真実になることはないし、誰も認めていなくても真実が間違いになることはない。 An error does not become truth by reason of multiplied propagation, nor does truth ... 続きをみる
2020-02-19の記事 人生の目的は 1欲の奴隷(現世快楽主義)の章 でこう書いた。 釈尊入滅後、やがて宗教改革が起こり、在家信者中心の大乗仏教ができた。 教科書的な解説本は、例外なく「菩薩」等を賞揚し、すばらしい改革であり発展であると断定している。本当に、そうなのか? 在家信者だけを相手にす... 続きをみる
ブッダのエピソードにあった女の子は 「明日のこと考える余裕ないんです。 今日苦しんでるんです。 だからそうやって、物凄く苦しみに目覚めている場合は(ブッダの智慧に触れると)一発で、さとりに達します」 (上の動画スマナサーラ長老の説法から引用。カッコ内は引用者注) 「物凄く苦しみに目覚めている場合... 続きをみる
真実道を知らないで、百年生きるよりも、それを知って、一日生きるほうがよい。 (現代語仏教聖典 法句抄2) 道を得んと学ぶのは、戦場に臨むが如く、敗れる者もあれば、逃げ帰る者もある。討死する者もあれば、勝つ者もある。心を堅固にし、強く進んで、愚かな世評に惑わされなければ、必ず道を得るであろう。 (同... 続きをみる
おれは無邪気な少年だった。 老いや死は言葉としてのみかろうじて知っているだけで、その実際の恐ろしい意味は知らなかった。 そしてもちろん、知らないという事実にも気づいてはいなかった。 中学生のある日、芥川の晩年の作品を読んで、自分の考え方感じ方が我慢できないほど浅はかだと痛感した。 生れて初めて、自... 続きをみる
遺伝子は、人を滅ぼすものでもあると同時に、人を生かしているものである。 その偉大な能動的側面を見て「遺伝子は神だ」という者もいる。 そうなると、おれはバランスをとりたくなり「遺伝子は悪魔だ」という。 遺伝子のプログラムに支配され、殺し殺される修羅場を演じる自動人形(含人類)として、一生を終えるほ... 続きをみる
猿のようにあちこちに飛び回る心を、サティとヴィパッサナーで自分に縛り付けておくのは、人生の最重要事項 正念相続 を守るためだ。 しかし日々トラブルが絶えない四苦八苦の人生で、常に落ち着いた心を保つ正念相続など不可能ではないか? もし人生が、泣かないでいられないほど辛いこと悲しいことが、本当に起... 続きをみる
週一のウォーキング会終了後、メンバーの一人とコーヒー飲みながらしばし空談するのが最近の恒例になっている。 Aが新聞の投書欄か何かの記事を見ながら 「酒はほろ酔いで止めるのが良い。それ以上どん欲に追い求めても増える楽しみはあとわずかて書いてある。ほんとにそやな」 おれ 「それ、みんな分かってるとお... 続きをみる
無意識の意識化、それをさらに無意識化する …これがワンサイクル。 これを何度も繰り返すのが、 人類の運命なのかも知れないと、ふとおもう。 無意識の意識化は、困難で偉大な事業だ。 しかしそれだけでは、結局どうしようもない。 救いのためにはその後、 意識の無意識化が成されねばなら... 続きをみる
スティーヴン・キングの1974年の同名の小説を原作としており、その3度目の映画(Wikipedia) いじめは金輪際止めろというメッセージだ とおれはおもう。 いじめと戦争は同じ根っこから発生している。 この事実に無理解な人があまりにも多すぎる。 戦争には反対のくせに、いじめは平気でしてるバカが... 続きをみる
(吉本隆明「良寛」から引用) 親鸞の解釈の仕方によりますと人間は具体的に生きているとか死んでいるとかいうところ、つまりその人がその人であるというところでは人間は本質的な存在ではない、というのです。これを現在のいい方でいえば、人間はいつも現に存在するところのものではないということでしょう。現に存在す... 続きをみる
田中小実昌『アメン父』より引用。 「あなたはパウロに現れたりしたのに、どうして、私に現れないのか」 と父がけんかするみたいに言っている(祈っている)のを、母はなんどか聞いたそうだ。 (強調処理は私です。原文にはありません。引用終) 気持ちは痛いほど分かる。 本気で信仰に志したら、誰でもこの不満を... 続きをみる
「意志の自由のままに応じて、ここの客観はそもそも存在しないということもあり得てくるだろうし、また根源的に、本質的に、それがぜんぜん別の客観になるということだってあり得ることかもしれない。さらにまた、その客観が一つの環としてつながれている連鎖の全体を考えるなら、これ自体も同じ意志の現象であるからに... 続きをみる
『(盲目の)意志』 は 無明だ! ショーペンハウアーを読んで、 初めて釈尊の説く無明が分かった気がした。 無明が単なる無知であるはずがない。 それでは、現にある人間と世界が、現にあるようには理解できないからだ。 自分にとっては、興奮する発見だった。 それまで、仏教の解説本を読んでも納得できないでい... 続きをみる
誰でも自分自身にとっていちばんよいもの、いちばん大事なものは自分自身であり、いちばんよいこと、いちばん大事なことをしてくれるのも自分自身である。 (ショーペンハウアー「幸福について」橋本 文夫訳) 先入観に染まった多くの人は、一読して 「あんまり感心しないな、自分勝手じゃないか」と自動反応する。... 続きをみる
「野心家」の最終形について。 野心家は、個別性の迷妄を打ち破るにしたがって「正義の人」となることはすでに述べた。 この傾向が大詰めまで進むといかなることになるであろうか。 ある人が他の個人と異なっていることとか、他の人が背負っている苦悩を自分は免れているといったことは、現象の形式、「個体化の原理... 続きをみる
国家というものは、理性を具備したエゴイズムがエゴイズムそのものに降りかかってくるそれ自身の悪い諸結果を回避しようとするための手段である。 (「意志と表象としての世界・正編」第六十二節。西尾幹二訳・中央公論社。以下 62 と表記する) 刑法の法典とは、可能性があると想定された総犯罪行為に対する、反対... 続きをみる
エックハルト・トールは 集まって椅子に座っている聴衆 一人一人に 言葉で示す。 あなたの人生の真の目的は 「ここに座っていること」 です。と 人生の目的は、未来じゃない。まして過去でもない。 みんな「今」くらい知ってるつもりだが、じつは「今」について何もわかっていない。 「今」を体得したいなら... 続きをみる
ついていけないでしょうか たとえこの身がこわれても 取り乱したりいたしません 過去ブログで、二階堂ふみ主演『この国の空』を観て書いたのと同じことをおもった。 これは反戦映画にはなっていない。しかし面白かった。と。 その理由も同じだ。 たとえば今のテレビ番組を見ればすぐわかるが、善悪美醜も喜怒哀楽... 続きをみる
実行者の大半が、まともに3分すら続かない ヴィパッサナー実践 について。 よくいわれることだが、 昔の人が木をこすって火をおこす要領でやる必要がある。 やるなら完全に燃え上がるまで一気にやらないと結果は出ない。 ちょっと煙が出たくらいで休むなら何度やってもあまり意味がない。 「あまり」という限... 続きをみる
テレビを見てたら、沈思黙考の反対は無念無想だと言っている。 一方で辞書によると沈思黙考の類語に瞑想が入っている。 坐禅は無念無想だが、一方で坐禅は瞑想だとされている。 すると沈思黙考≒瞑想≒坐禅≒無念無想だから、沈思黙考≒無念無想になる。 反対がほとんど等しいとはこれいかに。 言葉の混乱は一般的... 続きをみる
【ストーリー】より引用。 2016年スペイン製作、Netflixで配信。 罪を犯した仕事のパートナー4人が、 刑務所に行く1人を選ぶために話し合いをする中で、 激しくも醜くヒートアップする姿を描いたワンシチュエーション・サスペンス。 監督は、ロヘル・グアル。 ある休日の土曜日、女性ひとりを含む4人... 続きをみる
(仏説無量寿経巻下より引用) 世人、薄俗にして 共に不急の事を諍(あらそ)う。 (引用終) 沈むタイタニック号の中で、いつも通り椅子を綺麗に並べて、我が事成れりと満足している乗員のような人間が多い。 ホールに1ミリの狂いなく椅子を整然と並べることに心血を注ぐが、その努力は船が沈んだら意味がないこ... 続きをみる