行きつくまでのサティは坂道を登るよう
サティは長く連続的にやらないと 本物にならない。 昔の歌「ダークダックス 銀色の道」に ♪苦しい坂だが止まれば下がるボンボボボ♪ てのがありました。 サティは急な坂道を登るようなもの。頂上に行けば一服してだいじょうぶだが、途中で一服するとその度にサーッと下がってしまう。 これじゃーいつまでやっても... 続きをみる
いつくたばってもおかしくない爺です。存在の意味について、日々思いついたことを書き綴ったものです。 このテーマに興味のある方だけ見てください。 (途中から日々雑感等の増量剤でふやけた味になってます)
サティは長く連続的にやらないと 本物にならない。 昔の歌「ダークダックス 銀色の道」に ♪苦しい坂だが止まれば下がるボンボボボ♪ てのがありました。 サティは急な坂道を登るようなもの。頂上に行けば一服してだいじょうぶだが、途中で一服するとその度にサーッと下がってしまう。 これじゃーいつまでやっても... 続きをみる
1 サティの実践は、なにかをやりながら同時にそれを意識でトレースするダブルタスク作業だ。 2 人間の脳は、ダブルタスクではない(一度に二つのことを同時にできない)。 3 コンピュータは、1個のCPUでも、1秒を非常に細かく分割して二つの作業を交互にすばやく処理することでダブルタクスを実現している。... 続きをみる
人はただ念仏しやすいように生きるべきだ と法然上人は明言している。 普通は「人生のための念仏」と思いこんでいるが、それは間違いで「念仏のための人生」でなければならないとの教えだ。 この人生に対する非常識なスタンスが、極めて重要だとおもう。 おれにとって、この教えは「サティのために生きるべきだ」とな... 続きをみる
小津安二郎監督による37作目の作品 『淑女は何を忘れたか』(1937年公開) What Did the Lady Forget? / 淑女は何を忘れたか (1937) (EN/ES/TR) この時期の小津作品には、まだ観客への迎合が残っている。 はっきり言ってしまえば、客を上から目線で見下してい... 続きをみる
納屋の片づけをしたら、大昔読んだ本を詰めたダンボール出てきて、中にフロイトの「精神分析学入門」もあった。 暇だし、ちょっと拾い読みする。 フロイトは、世間が物忘れやしくじり行為に意味はないとみなしているのは間違いで実は意味がある、と主張している。 おれは、フロイトの見識は認めるが、彼のいう物忘れ... 続きをみる
以前真理発見法「方法的信」について、次のように何度か書いた。 190925「デカルトとブッダの関係」より抜粋再録します。 真理発見法には、デカルトの「方法的懐疑」以外に「方法的信」とでもいうべき道もあるはずだ。 「方法的懐疑」も危険だが、さらにその100倍も危険なのが「方法的信」だ。&hellip... 続きをみる
191203の記事「安心なんてないさ」というほんとの安心で 法然上人は、 「ああ、今度こそ浄土にいきたいなあ」 といつも言っていた。 不安になった弟子が 「あなたほどの人がそんな程度では、わたしたちはどうしたらいいんですか」 と訊いた。 上人は笑って 「ほんとに浄土にいくまでは、この気持ちが消え... 続きをみる
六道輪廻の間には、ともなう人もなかりけり。 (一遍 百利口語) これ……どういう意味? 自分のまわりには恋人やつれあいや我が子や両親や友達や恩師や会社の同僚など、いっぱい「ともなう人」がいるじゃないか。 それなのに、一遍上人はなぜ「ともなう人がいない」などというか。 恋... 続きをみる
一遍上人が空也上人に言及した有名な手紙も載せときます。 …むかし、空也上人へ、ある人、念佛はいかが申すべきやと問ひければ、「捨ててこそ」とばかりにて、なにとも仰せられずと、西行法師の「撰集抄」に載せられたり。 是れ誠に金言なり。 念佛の行者は智慧をも愚癡をも捨て、善惡の境界をも捨て、... 続きをみる
上根は妻子を帯し、家にありながら著せずして往生す。…下根は万事を捨離して往生す。 (一遍 播州法話集) これを初めて読んだときはビックリ!した。 後で気づいたが、上根下根の価値が2回ねじれていたのだ。 つまり、一遍以前に伝統的な浄土教学が、上根下根の概念に対する最初の「価値の逆転」を... 続きをみる
(スマナサーラ長老音声『ダンマパダ(法句経)講義 6偈~みんな争いの空しさを「知ってるつもり?」』)より引用させていただきます。 人々は(争いによって)、自己破壊してしまうことを知らない。 それを知っているならば、あらゆる争いは消えてしまう。 (引用終) おれはこのスマナサーラ長老によるダンマパ... 続きをみる
一切皆苦、人生は苦であるという事実は、人々にとってもっとも聞きたくない、知りたくもない究極的に暗い嫌なメッセージだ。 (その証拠に昔も今も、ほとんどの人がこの事実をうっかり直視してダメージをうけないようにけっこう注意して生きている) では釈尊はなぜ、よりにもよって、これに「聖なる真理」(苦聖諦)... 続きをみる
おれは2006年7月30日に、こう書いて自分のブログを始めた。 世間の常識はあげ底になっている。 それも甚だしいあげ底だ。 「人は必ず死ぬ」と聞くと「そんなことは常識だ。誰でも知っている」と答えるのがそれだ。 生者必滅の理が本当に常識なら、こんなにも浅ましい世界であるはずがないのだ。 〈以上〉... 続きをみる
座禅のすすめ この坐禅の説明、新しいことは何も言ってないが、軽くてリラックスしててわかりやすい。 昔、おれが曹洞の寺で教えてもらったときはちょっと重くて堅苦しかった。 数年前に「マインドフルネス」が日本でもてはやされた。 だけどmindfulnessはサティの英訳で、サティ(気づき、正念)は昔か... 続きをみる
気づきが無いなら、それは瞑想ではありません。 瞑想が自動的に進んだり、瞑想の結果を予知することはできないのです。 瞑想しているとき、それこそどんな経験をするかといういうことは、決して予知できないのです。 瞑想は毎回探求であり、実験であり、冒険です。… 瞬間瞬間の現象を、万物のなかで最... 続きをみる
YouTubeでビートたけし主演ドラマ「あの戦争は何だったのか~日米開戦と東条英機」(TBS系列)を観ることができる。 あの戦争は何だったのか 1 坂口安吾『続堕落論』は、おれのBibleの一つだが、そのなかにこう書いてある。 ナンセンス! ああナンセンス極まれり。 この言葉の意味が、このドラ... 続きをみる
視力の衰えが止まらない。 すでに日常生活に支障きたすレベルに突入。 危機感に押しつぶされそうになる。 ひさしぶりにヴィパッサナー瞑想。 予想以上に上手くいく。 危機感のおかげだ。 死んだら何もできなくなる と強くおもう。 不安も苦労も失敗も、 生きているあいだしかできないことなのだ。 自分の... 続きをみる
(マルコによる福音書 13章)より引用させていただきます。 …目を覚ましていなさい。 いつ家の主人が帰って来るのか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、あなたがたには分からないからである。 主人が突然帰って来て、あなたがたが眠っているのを見つけるかもしれない。 あなたがたに言う... 続きをみる
邦画を観る 「椿山課長の7日間」映画版 椿山課長的那七天_DVD預告 テレビドラマ化もされている。 Body swap movie 13 - Mr Tsubakiyamas Seven Days 2009 椿山課長の七日間 コメディだからと、笑って見ていればいいのかもしれないが…&... 続きをみる
釈尊はこのように説かれた。 戒(かい)あらば則(すなは)ち慧(え)あり。慧あらば則ち戒あり。戒能(よ)く慧を浄(きよ)め、慧能く戒を浄む。…人の手を洗ふに左右相須(さいうあひま)つがごとし。左は能く右を浄め、右は能く左を浄む。此(これ)も亦是(またかく)の如(ごと)し。慧あらば則ち戒... 続きをみる
洋画を観る 「イングロリアス・バスターズ」 【クセ強】タランティーノがついに「史実」まで変えてしまう!まるでR指定なスカッとジャパン《映画:イングロリアス・バスターズ》 | 映画のあらすじ紹介&レビュー クエンティン・タランティーノ監督の作品はハズレがない。大ヒット映画なんで、おれがいまさら褒める... 続きをみる
昨日の記事中 努々(ゆめゆめ)学人一事を専らにすべし(道元) の補足です。 (法然 『選択本願念仏集』三選の文)より引用させていただきます。 それ速(すみや)かに生死を離れんと欲(おも)わば、二種の勝法の中に、しばらく聖道門を閣(さしお)きて、選びて、浄土門に入れ。浄土門に入らんと欲わば、正・雑... 続きをみる
…仏法は、無始より以来(このかた)修習せざる法なり。故に今もうとし。我が性も拙なし。高広なる仏法の事を、多般を兼れば一事をも成ずべからず。一事を専らにせんすら本性昧劣の根器、今生に窮め難し。努々(ゆめゆめ)学人一事を専らにすべし。 (正法眼蔵随聞記←二祖懐奘による高祖道元の... 続きをみる
(正法眼蔵随聞記←二祖懐奘による高祖道元の教えのメモ)より引用させていただきます。 道を得ることは根の利鈍には依らず。 人々皆法を悟るべきなり。 ただ精進と懈怠とによりて得道の遅速あり。 進怠の不同は志の到ると到らざるとなり。 志の到らざることは、無常を思はざるに依るなり。 (引用終。強... 続きをみる
生き物はすべて、その同類を愛し、 人間もすべて、自分に近い者を愛する。 すべての生物は類をもって群れ集まり、 人間も自分に似た者と固く結びつく。 狼と子羊とがどうして共存できようか。 罪人と信仰深い人もこれと同じである。 ハイエナと犬は、どうして仲良くできようか。 (シラ書13・15~18より 新... 続きをみる
《難問》 名所旧跡に落書きする人間は、時代や地域性に関わらず普遍的に存在している。 この理由を述べよ。 有名観光施設で落書きする行為は、消えることなく、ある割合で常に発生している。 名所旧跡に落書きする人間は、自分がなぜ落書きしたくなるのかわかっていない。 その恥ずかしい理由がわかっていない... 続きをみる
佐々木閑「仏教哲学の世界観」1-(11) (おれにとって瞑想といえばヴィパッサナー実践のことだが、 佐々木先生は瞑想をもっとも広い意味で使っている) 瞑想しないで悟ることはあり得ないが、 瞑想すれば必ず悟るなどということもあり得ない。 ここでいう瞑想は あらゆる課題の解決に使える汎用スキル に過ぎ... 続きをみる
(ヒルティ幸福論第二部「人生の段階」 草間平作・大和邦太郎訳より引用させていただきます) 最もすぐれた活動は、他の人たちを助けて真の生活に入らしめることであるが、それはみずから真の生活に達したのちのことである。 それ以前にそうした仕事をしたがるのは危険である。 (引用終。強調は私です) (興教大師... 続きをみる
スマナサーラ長老 パティパダー巻頭法話No.130より引用させていただきます。 …この世の中のことを考えると嘘が全ての不幸の原因になっていることは明白です。経済的、政治的な不安は皆互いに嘘を付いて騙し合っているから起こるのではないでしょうか。 「嘘をつくというたった一つの罪を犯す人に... 続きをみる
(アルボムッレ・スマナサーラ著「ブッダの教え1日1話」1/28より引用します) 葬儀に参列して、故人が安らかに天国に行けますようにと祈るとき、死ぬことは自分に関係ない他人事だと思っています。 けれども、「自分もこのように死ぬのだ」と念ずるようにすると、 確実な変化 が訪れます。 (以上、引用終... 続きをみる
家が狭いので、以下のように狭い部屋バージョンで歩くヴィパッサナーを実践している。 (スローモーションで、動きを感じながら、内語で次のように実況中継する。1時間以上やる) 右足上げます。運びます。下ろします。左足上げます。運びます。下ろします。右足上げます。運びます。下ろします。…&... 続きをみる
真剣さがぜんぜん足りないのは、なにが原因か…… われは、迷いの生存のうちに恐ろしさを見、また迷いの生存のうちにさらに破滅を見て、それ故にわたしは迷いの生存を喜ばない。 (ブッダの感興のことば29章22 中村元訳) この釈尊の教えを、本気で聴けていないからだ。 それどころ... 続きをみる
人は自分の力だけで生きているのではない。 それは事実だ。正しい。 しかし、だからといって、それを 「大いなるもの(神)に生かされている」 と言ってしまっては、もう事実ではない。 まったく正しくない。 (My Favorite Songs) テレサ・テン 「花」 「花」は、喜納昌吉のオリジナルが... 続きをみる
(澤木興道 禅の道 1「普勧坐禅の吹唱」より引用させていただきます) 心して引けばこそ鳴れ霧深き 秋の山田にかけし鳴子も 引っぱらなければ鳴らぬではないか。 一切衆生皆この法性(ほっしょう)真如(しんにょ)の光は誰でも持っているが、引っぱらないから一向ものをなさぬ。 ここにマッチがあるが、これは... 続きをみる
わたしたちの時代には宗教に本気で情熱を感じ続けることを過去のどの時代よりも困難にしている様々な要因があります。 宗教というものは鼻持ちならぬと思わせるもっともな理由と、それを裏付ける歴史的証拠をそれこそ無数にあげることができるのです。 これは現代人ならだれでもよく知っていることなのでいちいち... 続きをみる
2007年、当時80歳目前の母は、年相応の持病を人なみにだかえていたが、ふだんは元気でふつうに生活できていた。 しかし検診で腎臓がんが発見された。 すでに肺に転移していたが、腎臓の摘出手術をすれば、非常に稀だが肺がんも治った事例があると医者に言われた。 母とおれは悩んだすえ摘出手術を受けると決め... 続きをみる
以下の釈尊の言葉は、「なにをあたりまえのことをくどくどと」と思いたくなるほど、《誰でも知ってる事実》です。 この世における人々の命は、定相なく、どれだけ生きられるかわからない。惨ましく、短くて、苦悩に繋がれている。 生まれたものどもは、死を遁れる道がない。老いに達しては、死が来る。実に生あるもの... 続きをみる
ラリー・ローゼンバーグ「呼吸による癒し」 読書メモ。 瞑想は上手くいってもいかなくても毎日やる。上手くいく経験と上手くいかない経験が等しく大切だという指摘。 「私」「私のもの」に対する執着は最劣の依存症である。 気づきはハイパーアテンション(HyperAttention)(過剰な注意)ではない。 ... 続きをみる
みせかけでない本物の智慧とは何か。 釈尊は、純粋な観察こそ本物の智慧だと説いた。 有名な禅語 放下着(ほうげじゃく)(捨ててしまえ)は、あなたが大切に抱きしめているものを捨てよという意味ではなく、実はただありのままをしっかり見よと言っているだけだ。 あなたは、ほんとになにも持ってない。 それに気... 続きをみる
悩める人々のあいだにあって、悩み無く、大いに楽しく生きよう。 悩める人々のあいだにあって、悩み無く暮そう。 (ブッダの真理のことば15・198 中村元訳) 貪(むさぼ)っている人々のあいだにあって、患(うれ)い無く、大いに楽しく生きよう。 貪っている人々のあいだにあって、貪らないで暮らそう。 (同... 続きをみる
昨日、日曜の朝10時過ぎ起床。前夜、意味なく遅くまで起きていたので目覚ましかけずに寝た。 いつもなら目が覚めるとすぐ尿意があり、まずトイレに行くのだが、今朝はそれがない。 「チャンス!」とおもい、そのままベッドの中でただちに瞑想を試みた。 目覚ましをかけず寝たいだけ寝た後なので、ベッドの中でも居... 続きをみる
ティク・ナット・ハン師が …ピクニックは、目的地に行く道中も楽しい、テント張りも楽しいでしょう、労役だと感じないでしょう。同じように平和、幸福、成功にたどり着く道中の「今ここ」のサティも楽しく行えるのです。 と、法を説いてくれている。 おれは休日などゆっくりできる朝目覚めると、そ... 続きをみる
松本清張原作映画「影の車」は名作だ。 テレビでも3回ドラマ化されている。 The Shadow Within 影の車 (1970) - Yoshitaro Nomura Trailer 影の車 「影の車」の主人公は、子供時代に、母親の不倫相手を殺している。 大人になって、今度は自分の不倫相手の6... 続きをみる
我々は生まれると競技場に入り、死ぬとそこを去る。その競技用の車をいっそううまく操るすべを学んだとて何になろう。 byルソー 大多数の人々は、こういう にべないむきだしの事実 だけは、聞きたがらない。 聞いても理解しないで、ただちに忘れようとするだろう。受け入れることができないと感じて、反射的に聞... 続きをみる
もう10年以上前だが、NHKプレミアム10『菅野美穂インド・ヨガ・聖地への旅』を観た。 本場ヨガ教師の話がおもしろかった。 そのメモと感想。 「ブッダもキリストも みんなヨガをやっていたと言えます」 (ヨガ教師) 寺院にはイスラム教やキリスト教の額もかけられている。ヨガは宗派に関係なくやれるものと... 続きをみる
k-styleのマザー・テレサの言葉(愛と祈り) より引用させていただきます。 死は悲しい事ではありません。 私たちが悲しむべき唯一のことは、 自分が聖なる者になっていないという事実だけです。 (引用終) カトリック教会はマザー・テレサを死後異例の早さで聖人に認定したが、 テレサは死ぬまで自... 続きをみる
仏弟子サッパダーサ長老の告白は生々しく強烈だ。 (仏弟子の告白(テーラガーター)六つずつの詩句の集成より) 405.わたしは出家してから二十五年になるが、そのあいだ、指を一(ひと)はじきするだけの時間でも、心の静けさを得られなかった。 406.心の統一専念を得られなくて、快楽の欲情に悩まされて、... 続きをみる
ブッダは「呼吸を整える思念」を修行せよと説いた。 呼吸を自然のままにして、いろわず、ただそれを意識し続ける修行。 呼吸を意識することは簡単だ。頭の善し悪しには関係ない。 およそ生きている人間でごくごく簡単な言葉の意味を理解できる程度の頭脳の持ち主なら誰でもできる。 ところがこの簡単なことをやる... 続きをみる
※青字引用は(マハトマ・ガンジーの言葉とされているもの フリー引用句集『ウィキクォート(Wikiquote)』)から 周知だからといって間違いが真実にはならないし、誰もそう見ないからといって真実が間違いにもならない。例え大衆の支持無くとも、真実は立ち上がる。真実は自立しているから。 "A... 続きをみる
仏弟子ソーナの努力はすさまじかった。 林中にあって、寝る間も惜しんで瞑想に励み、経行(きんひん)によって足の肉が破れ、ソーナの遊歩場は血にまみれ屠畜場のようになったと、記録されている。 (この経行とは、今日禅院で坐禅途中に行われる数分間の歩行の意味ではなく、「歩くヴィパッサナー実践」のことだろう... 続きをみる
たとえば、映画「海底47m」 【映画】『海底47m』予告動画|47 METERS DOWN 巨大な人喰いサメが泳ぎ回る海で、ケージに閉じ込められたまま水深47mの海底まで落下した姉妹が、サメの恐怖に加えて潜水病や酸素欠乏の危機を描く代表的パニック・スリラー。 人はなぜパニック・スリラーに魅かれ... 続きをみる
『子孫存続について』 生命の実際は、(人間といえども)DNAレベルのプログラムが、そのつどの刺激に対して自動反応しているだけです。 質問 「一切皆苦の世界に、なぜ新たに(命を)生み出すのか?」 の答えは 「DNAプログラムの自動反応だから」 です。 人間は、その反応を自分の意志でしていると思... 続きをみる
『羊とオオカミの恋と殺人』本予告 始まり20分くらいで、男と女の役回りを入れ替えただけのよくある映画だなとおもって気楽に見てたし、ほぼ物語の常識範囲のハッピーエンドなのに、見終わった時、得した気分になっている。 何か予想を超えて奇妙な余韻が強く残ってるからだ。 それでちょっと原作コミック「穴殺人... 続きをみる
「飢餓海峡」は水上勉の社会派推理小説の傑作で、繰り返し映像化舞台化されている。 飢餓海峡 (1/4)フルバージョン 萩原健一 若村麻由美 仲代達也 飢餓海峡 (2/4) フルバージョン 萩原健一 若村麻由美 仲代達也 飢餓海峡 (3/4) 萩原健一 若村麻由美 仲代達也 藤村志保 飢餓海峡 (4... 続きをみる
ヴィパッサナー瞑想としてアーナーパーナサティを勧めるのは矛盾、アーナーパーナはサマタ瞑想だから。という人に。 マハーシサヤドーと現代のヴィパッサナー瞑想法.pdf コーサッラ西澤訳より引用。 質問 16 アーナーパーナ(出息、入息)はサマタ瞑想ですか?ヴィパッサナー瞑想ですか? 答え 禅定を得た... 続きをみる
Bande-annonce: La Femme Insecte - にっぽん昆虫記 (1963) de Shohei Imamura 主役も脇も役者の演技はいずれも見事だし、名匠今村昌平監督は作品を完璧に仕上げている。 主演の大女優左幸子は同作品と『彼女と彼』で日本人で初めてベルリン国際映画祭女... 続きをみる
六祖慧能禅師の『四弘誓願』に関する独創的提唱。 自分が自分を自分で信じきることを称揚しているとおもう。 ターン・プッタタートの著作および翻訳(『六祖壇経』第六章 懺悔について より該当部分を引用させていただきます) …『四弘誓願』の仕方を教えます。みなさん、注意して善く聞いてくださ... 続きをみる
おれはヴィパッサナーを始めると、すぐ顔が痒くなり、「痒み、痒み、痒み」とラベリングしてもなかなか消えないし、やっと消えてもすぐ別の箇所が痒くなってきりがない。痒みは、痛みよりたちが悪い。 がまんできず掻いてしまい、ちっとも集中できない。 事前に風呂で入念に洗顔したのに、なぜヴィパッサナーを始める... 続きをみる
A・スマナサーラ長老 人の認識はあべこべです ~目指すべきは意識革命~より引用させていただきます。 知っていますか? 人々は本当に価値あるものに価値がないと思い、価値がないものに価値があると思う。評価すべきものは評価せず、批判すべきものを賞賛する。意味あるものは無意味だと思い、無意味なものに意味... 続きをみる
呼吸が苦しみだと実感できた時のメモ。 外気を吸い込む時、始めのうちは心地よさがある。 しかしこの心地よさは錯覚だ。 吸いきった時、その「心地よさ」は完全に消え、なんともいえないもやもやした苦しさが現れるからだ。 苦しさに耐え切れず息を吐く。 吐く時は吸う時ほどの「心地よさ」はない。しかし苦しみは... 続きをみる
もう13年も前になるが、東京滞在6日間のうち3日、 テーラワーダ仏教寺院に通った。 2日目に、幸運にもヴィパッサナーの歩く瞑想の指導を少し受け、 実際に1時間以上自分でやってみることができた。 「ヴィパッサナー実践&慈悲の瞑想」DVDを買ってきたので、 家に帰ってからは、手の位置、足の運び方など、... 続きをみる
大多数の人間は、煩悩が苦でしかないと知っても、煩悩を渇望することを決して止めない。 煩悩に動かされないでいるとすぐに耐え難い退屈という禁断症状に苛まれる煩悩中毒だ。 全身全霊で五蘊の奴隷になっている。 さらにその煩悩中毒者の自分達を誇っている。 こんな苦に夢中の人間は当然苦から解脱できないと、ブ... 続きをみる
(スマナサーラ長老著「死」は幸福のキーワード: 「死隨念」のススメ より引用させていただきます) 世の中では、「死」というと何か不吉なもの、恐いもの、不幸なものというとらえ方が一般的だと思います。仏教はまったく反対です。「死」という単語自体、幸福のキーワードなのです。「死」は幸福、これはもう紛れ... 続きをみる
仏戒は守りがたいが、敬い守ろうと務めることが大事だ。 破れかぶれになるのは最悪だ。 やらかしてから「酒のせい」←大嘘だから。 欲の犬を放し飼いにするな。 Baha Men - Who Let The Dogs Out (Original version) | Full HD | 108... 続きをみる
苦からは逃げられません。しかし、どんな時でも執着を捨てて心の安らぎに達することはできます。|スマナサーラ長老の初期仏教法話 私たちは苦しみによって生かされています。 これはありのままの事実です。 だからといって 「わたしたちを生かしてくれてるから、苦しみはありがたい」 ではないのです。 こういう... 続きをみる
(夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」から引用します) いわゆる因果法というものはただいままでがこうであったということを一目に見せるための索引に過ぎんので、便利ではあるが、未来にこの法を超越した連続が出てこないなどと思うのは愚の極であります。… (以上) 人は、単純な連想を因果とごっちゃに... 続きをみる
日米関係において、日本が昔も今もアメリカの真意をろくすっぽ読めずに大失敗する根本原因は、日本人がアメリカ人の宗教心にまるで無頓着なところにある。 宗教大国アメリカには、「アメリカ人のアメリカ人によるアメリカ人のための一神教」末日聖徒イエス・キリスト教会(The Church of Jesus C... 続きをみる
おれは、月1回、近隣の神社の裏山に岩清水を汲みに行く。 もちろん無料である。 この水を使っていれた美味しいお茶を飲みながら、ちょっと思いついたことがある。「もちろん無料である」と書いたが「まだ今のところは無料である」と書くべき時代ではないのかと。 以前、NHKで、世界中のきれいな湧き水の使用権を... 続きをみる
親鸞聖人『教行信証』化身土巻に「涅槃経」の気になる教えが引用されている。 四つの善事あり、悪果を獲得せん。 悪い結果になる善行が四つある、というのである。 こういう善を実行してはつまらないわけだ。 (以下、青字は経典引用文、黒字はおれの試訳と感想です) 何等をか四とする。 一つには勝他のためのゆえ... 続きをみる