南岳懐讓
ちょっとAIに訊いてみた。
「南岳懐讓禅師以前の祖師は後世の作りものですか?」
AIの応答
南岳懐譲禅師(677-744)以前の祖師(特に六祖慧能から初祖達磨に至る系譜)は、歴史的な実在人物が基盤にはなっているものの、後世(特に唐代中期以降)の禅宗の発展過程において、教理的な正統性を示すために物語的・神話的に作り替えられた(再構成された)部分が大きいというのが、現在の歴史学的な研究における定説です。
具体的な背景は以下の通りです。
1. 祖師伝の「作りもの」的側面
系譜の正統化: 唐代中頃に馬祖道一(南岳懐譲の弟子)の門下などが、自らの門流が正当な「六祖(慧能)の系譜」であることを証明するために、伝説的なエピソードや師資関係を「創作」または「誇張」したと考えられています。
偶像化されたイメージ: 達磨や六祖慧能などのイメージは、後世の禅僧によって繰り返し語られ、アイドル化・偶像化されたものが「古典禅」の物語として定着しました。
2. 歴史的事実との乖離
初期禅宗の状況: 史料(『楞伽師資記』など)を精査すると、六祖慧能以前の師資関係は実際には非常に多様で、一列に並ぶような直線的なものではなかったと指摘されています。
南岳・青原の法系: 南岳懐譲自身も六祖慧能の法を嗣いだとされていますが、実際の歴史的文献においてはその師資関係が不確かであり、後世の顕彰運動によって確定されていった側面があります。
3. 歴史研究の視点
現代の禅思想研究では、伝説的な「祖師伝」を歴史的事実そのままとしてではなく、「当時の禅僧たちが何を目指してその物語を作ったのか(思想的意図)」を重視して分析します。
結論として、南岳懐譲以前の祖師は完全に架空の人物ではありませんが、その多くは後世の禅宗が教団の権威を高めるために構成した「理想の祖師像」であると言えます。(以上)
AIは無難に「理想の祖師像」と言ってますが、はっきり言えば捏造ですわ。
この法脈話はまだもうすこし続けますが、そういうわけなので、歴史的事実ではない面白いフィクションとして消費していただけますと幸いです。
馬祖禅師の師は南岳懐讓禅師
説似一物即不中せつじいちもつそくふちゅう
悟りの世界を言語で言い当てることは原理的に不可能、
という意味だと思います。
(過去記事ショーペンハウアー編修1より関係部分を引用します)
概念で表わせないことを、直に言語化すると、たいてい夢のような茫漠とした表現、あるいは狂人の語る自家撞着的言葉に似たものになる。
日中の禅家語録は、そのような表現の一大集積だ。
表現上のあらゆる工夫を駆使して、なおこの分かりにくさだが、これには必然性があるわけだ。
抽象的なことがらが人に理解されるのは、結局、世の中の人々の申し合わせにもとづいている
(ショ-ペンハウアーの主著「意志と表象としての世界・正編」第四十八節 西尾幹二訳)
概念化の手段(言葉、文法)は、平均的人々の平均的人々による平均的人々のための道具である。
きわめて例外的な、因果律に支配されない聖者の体験は、前提されてない。
平均的人々は、そのような体験を夢にも知らない。
だから、それを表現する言葉も文法も初めからない。
六祖問南嶽讓曰「什麼物恁麼來?」
讓曰「説似一物即不中」
六祖曰「還可修證否?」
懐譲讓曰「修證即不無、藷ワ染即不得」
懐讓の法を継いだ馬祖道一との応答「南嶽磨磚」は有名です。
(これもヴィパッサナー実践との関連で触れた過去記事から、その部分を引用します)
坐禅して仏になると言う馬祖に、師匠の南嶽は瓦を磨いて鏡にすると言う。
馬祖「瓦を磨いても鏡にならんでしょう」
南嶽「坐禅して仏になるのはどうなんだ」
坐禅を作仏の手段としてはいけない。ヴィパッサナーもおなじこと、手段ではない。幸福な人生という目的、ヴィパッサナー実践はその手段。
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このありがちな固定観念は絶対捨てなければならない。
先入観「人生のためのヴィパッサナー実践」を勇気を出してキッパリ捨て
「ヴィパッサナー実践のための人生」
に変換する。世間の常識からは狂気に見える
この独り決めができないと
「俺・俺のもの」を後生大事に温存したまま懸命に努力することになり、
ブレーキを踏んだままアクセルを吹かすような具合となるため、
ヴィパッサナー実践者の大半がまともに3分と続けられず、
修行を始めることさえできずに挫折する。
「不染汚の修證」という重要な話も、ここですべきなんでしょうが、おれの実力では言葉の遊びを超えられないので止めます。
サティ
「瞬間の現在(今・ここ)」に気づくこと。
ヴィパッサナー実践
「瞬間の現在」に気づき続けること。
(My Favorite Songs)
帰れない二人 井上陽水