kokyuu

 いつくたばってもおかしくない爺です。存在の意味について、日々思いついたことを書き綴ったものです。 このテーマに興味のある方だけ見てください。 (途中から日々雑感等の増量剤でふやけた味になってます)

3食  一切は「動」である

呼吸



朝

ハムと甘酢大根のホットサンド




昼

魚べいへ。『家計応援キャンペーン』ありがたいことに9週目も続行中。

この分だと明日大晦日もやってくれるかも

えんがわぐんかん税込110円

ランチラーメン税込90円

たぬきうどん税込90円


 ゆっくり食べながら聴いた法話は

真理への回心 ダンマパダ(法句経)3~4偈|スマナサーラ長老のパーリ経典解説(音声版)


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先ず、ダンマパダ第一偈第二偈のスマナサーラ長老の提唱続き。

3:14
仏教は この永遠不滅の個体的な魂みたいな 霊的な存在は丸っきり否定する
それから、物質の存在も そう簡単に肯定している わけではないんです

4:09
仏教では「物がある」ではなくて 全て「動」ですよ

……一切は「動」であるという事

7:12
「動」というのは、どう頑張っても 「動」だから 「止」にはなりません

9:12
nāma という「心」という「動」の流れが 強烈で強いんだと それが物質的な「動」を支配しているんだ というのが仏教の話なんです

15:25
悪い心を持ってしまうと 酷い目にあいますよ だって、物質を悪い方向に変えるのだから
清らかな心を持ってしまうと 良い方向に変わりますよと

(引用終。強調は私です)


ではどうすべきか。それはあなた次第ですよとブッダは言う。


次、ダンマパダ第三偈第四偈。

概要欄より引用させていただきます。

003.
Akkocchi maṃ avadhi maṃ, ajini maṃ ahāsi me;
Ye ca taṃ upanayhanti, veraṃ tesaṃ na sammati.

「私を罵った、私を打った 私を破った、私を奪った」
かかる思いをとどめる者に 怨みが静まることはない

004.
Akkocchi maṃ avadhi maṃ, ajini maṃ ahāsi me;

Ye ca taṃ nupanayhanti, veraṃ tesūpasammati.

「私を罵った、私を打った 私を破った、私を奪った」
かかる思いをとどめぬ者に 怨みはやがて静まりゆく

(参考和訳:片山一良『ダンマパダ全詩解説』大蔵出版)

(引用終)


54:42
怒りがちょっと何か生まれた  ちょっと、ひと言葉、誰かに言われたら それは、頭の中でまた次の回転に使う事をしてしまうと そこでパターンが出来てしまって ずっと持って行く
それで相手を罵ることもあるし 相手を殴ることもあり得るし相手を殺すこともあるし
もう、相手ひとりではなくて何人にも 迷惑かける事もあるし
その同じパターンで戦争まで起こる 大量殺人まで起こる







晩

チャーハン大








(My Favorite Songs)

[和訳] Bohemian Rhapsody - Queen


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