小欲知足
出家して生きるということ ダンマパダ(法句経)9,10偈|スマナサーラ長老のパーリ経典解説
スマ長老の法話を引用させていただきます。
6:14
蛇に毒があるような感じに 人間にも、ちょっとした武器が 自然に付いているのですよ
7:07
それで人間が弱いのだけれど、人間に 知識という脳が働くんですね 他の動物と比べると結構、脳が働くのですね これが人間の武器ですよ 蛇の毒と同じことなのです
13:08
蛇には毒があって 全然問題を起こしていないし
平和で生活しているしね 人間も、そういう風に 知識使えば良いのに
いつでも何か、運転を間違うのですね
間違って、大事な知識なのに それが使い方間違って、精神的に 病気になってしまう所までもあります
大体は、もう 殆ど人々は精神的に 何か問題を持っていますよ
19:15
お釈迦様は言うのは
脱線する事だけは、気をつけなくては いけないのですね
51:02
人間が感情で生きているのだから
自己管理ないのですね
操縦かんは壊れているのですよ
怒りが出たら、何やっているか わからなくなる
欲が出てきたら、何をやっているか わからなくなる
無知が出たら、何をやってるか わからなくなる
〔感想〕
貪瞋痴の欲に駆られて生きるのは人間の通常運転だが、
強く執着すればたちまち異常欲となり、脱線事故を起こす。
この異常欲から離れることは
小欲
であり
無欲
ではない。
コントロールされた愛着は
小欲知足だ。
これにはマストの確認事項がある。
世間の知恵は「身の程をわきまえて」と常に教えてるが、
これは小欲知足と似て非なるものということだ。
ヒバカリと竜くらい、とんでもなく違うが、世間は愚かに混同してる。
小欲知足は、
身の程を知る、分相応に生きるという
鬱を誘発する弱者のひねこびた保身術じゃない。
渇愛の追究に幸福はないと明晰判明に知った者に、
初めて垣間見える積極的境地だ。
最高の幸福を得たブッダに現れる
自然な生活態度だ。
すなわち、完全な小欲知足は
悟りの姿だとおもう。
ブッダが創始したサンガはその理想モデルだ。
小欲知足の境地は簡単で大安楽なのだが、
それゆえ、実際の体得者は極めて少ない。
※「
Google生成AI[SGE]の応答
「易往而無人」は、仏教の用語で、「往き易くして人無し」という意味です。『大無量寿経』に登場する言葉で、阿弥陀仏の誓願を信じる者はたやすく極楽往生できるが、実際にはそういう者はごくまれであることを意味します。
また、念仏は極楽へ往き易い行なのに、真に行ずる人が少ないことを戒めた語でもあります。
苦痛のない状態にあって、しかも退屈がなければ、
大体において地上の幸福を達成したものと見てよい。
それ以外はすべて架空だからだ。
(ショーペンハウアー「幸福について」橋本 文夫訳)
平均人は、「苦痛のない状態」を幸福と感じ続けることができず、じきに退屈→不幸感というまちがった道へ入ってしまう。
快楽を求めて、「苦痛のない状態」をあっさり捨てる。
つまり、今や不幸感ではなく本物の不幸へ、すなわち苦痛の状態に陥る。
その後、この現実の不幸から運よく逃げおおせた者は「幸福」を感じる。
しかし、その「幸福」は、いちばん最初の「苦痛のない状態」よりましなものだろうか。
ここのところを、妄想せず、事実を直視できる人間は驚くほど少ない。
自然破壊に加担せずに、ほんとの幸福を得るのは、
小欲知足
以外ありえない。
(My Favorite Songs)
井上陽水。「小春おばさん」
アルバム「氷の世界」は独創的でインパクトあったなー。
この曲も井上陽水じゃなきゃ作れない。